エンジニアや研究者、起業家など産業界の価値を創出する理工系の人材がますます必要な時代に入っている。高度な研究の拠点であり、学生が高等教育を受ける場でもある理工系大学に、経済界・産業界が求めるものは何か。米国で200年以上の歴史を誇る名門企業、化学品大手デュポンの日本法人名誉会長である天羽稔氏に聞いた。
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天羽 稔
【デュポン名誉会長】
1951年徳島県生まれ。阿南高専卒、ワシントン州立大学工学部修士課程修了。79年デュポンファーイースト日本支社(現デュポン)入社。ポリマープロダクト事業部、エンジニアリングポリマー事業部など経て、06年社長、14年名誉会長。同年、経済同友会 教育改革委員会委員長。

インターンシップで自分を見つめ直す

― 産業界では理工系人材の必要性が高まっています。

天羽 中国、インドなど新興国の台頭により、世界のマーケットは今大きく拡大しています。日本企業もどんどん海外進出している中、理工系人材の技術や能力が必要とされる局面はますます増えています。特に即戦力となる理工系の人材が足りないのが現状です。

― 新興国の台頭が大きなインパクトになっているのですか。

天羽 たとえば今、中国、インドでは、自動車の需要が急激に伸びています。そこで必要とされるのはエンジンの内燃機関の技術者ですが、日本では、現在この分野の技術者が不足しています。日本の自動車技術は最先端ですが、新しいテクノロジーと並行して、既存のベース技術をいかに改善していくかも重要な要素なのです。世界で今どんな技術が必要とされているのか、大学と企業がもっと話し合う場を持つことも必要でしょう。

― その意味でも、理工系の人材育成は急務だということですか。

天羽 即戦力となる人材をいかに育成すればいいのか。その解決策の一つが、インターンシップ・プログラムの活用ではないでしょうか。期間も2~3カ月から半年程度の期間を要するプログラムを作って、大学も単位として認めていく。一度社会を見て、自分には何が足りないのかを勉強し、大学に戻って次のステップに移っていく。そうすれば、専門課程での勉強もより一層深まるでしょう。学生自身がさまざまな選択をできるようなインフラを作ることが今必要なのです。


― 企業での理工系人材の現状はいかがでしょうか。

天羽 企業にとって理工系の人材は、高専卒、大学卒、大学院卒とさまざまな人材をうまくミックスしているほうが、組織力としては非常に強くなります。そのためにも企業は採用時だけでなく、さまざまな人材をどう育成するのかをもっと考えるべきでしょう。企業に入って、もう一度大学で勉強してまた企業に戻ってもいい。専門領域を深める人もいるでしょうし、MBAを取るなどしてマネジメントの道へ進む道もあるでしょう。理工系人材には、実にいろいろな可能性が開かれているのではないでしょうか。

― グローバル時代に必要な理工系人材の条件とは何でしょうか。

天羽 グローバルビジネスは複雑さを増し、日々激しい競争や変化が起きています。問題を解決するにも正解が必ずしも一つではない時代に入っています。複雑な問題を解決するためには複数のアイデアを用意しなければならない。その時に大事なことは、これまでにありえないようなアイデアも用意しなければならないということです。そうした想定外のアイデアを出せるかどうかは、自分がどれだけいろんな経験を積んできたかにかかっています。標準的なアイデアだけで生き残れない現代では、つねに標準以上で、しかも想定外のアイデアを考えることができる人材が必要です。

原動力は「劣等感」
足りないから、学ぶ

― 天羽さんは海外留学されていますが、その経験はどう生きていますか。

天羽 当時は、それこそ血を吐くくらい必死で勉強しました。お金もなく、1日10時間くらい勉強しないと大学を追い出されてしまう。そうした猛勉強の日々を過ごしているうちに、自分は何をやりたいのか、何が足りないのかが見えてきました。そして自分が留学中に身に付け、最も役に立ったのは「耐える力」でした。社会人になって幾多の困難を乗り切ることができたのも、この「耐える力」があったからです。

― 学生はどんな姿勢で勉強に取り組むべきでしょうか。

天羽 学ぶ時に大事なことは、まず疑問を持つことです。なぜこんな仕組みになっているのか。非常に単純なことでも、まず疑問を持って質問するクセをつけてほしい。質問するクセをつけると、自分はいかに知識がないのかわかってきます。疑問を持てば、問題を発見でき、自然と自分で考えることができるようになるのです。


― 今、日本の理工系大学に求めるものとは何でしょうか。

天羽 日本企業が世界中でもっと大きくビジネスをしていくためには、大学の役割が必要不可欠です。そのためには、産官学の連携をもっと高めていかなければなりません。たとえば、大学の先生がもっと自由に企業を行き来できたり、企業人ももっと気軽に大学で講義できたりするようになればいい。

大学は教養を培う場であり、企業とは違うかもしれませんが、学生も実践的な能力を身に付ける中で、自然と教養も身に付いていくはずです。たとえば、インターンシップを経験した学生は、明らかに話し方が変わります。企業に入って、社会人と話して、プレゼンをすれば、変な言葉は使えません。大人と話して初めて教養の必要性を実感するのです。

何も外国だけが異文化ではありません。学生からすれば、学外はすべて異文化でしょう。学生にいちばん近いのは教授です。教授がもっと学生に社会を見る機会を与えてほしいと期待しています。

― 学生は社会にもっと触れるべきだということですね。

天羽 実社会に触れれば、自分には何が足りないのかがわかってきます。私は自分自身を動かす最大の原動力は、「劣等感」だと思っています。学生時代、実は私は赤面症で、人前で話せませんでした。それがある時を契機に人前でしゃべれるようになった。自分が変わる瞬間を実感したのです。自分に足りないものがある。だから、なんとかしたい。そこから学びが始まっていくのです。


参照:http://toyokeizai.net/articles/-/49047