いま、従業員30万人、売り上げ7兆3000億円の世界企業が、“危機”を迎えている。三洋電機、パナソニック電工の買収を完了したが、プラズマテレビへの巨大投資が大失敗したためだ。起死回生を狙って登板した津賀社長は、同社をどう立て直していくのか。日本のモノづくりは生き残れるのか?

「三本足打法」のパナソニック

――社長就任以来、BtoBへのシフトを鮮明にしています。今後のパナソニックの事業の柱は何になるのでしょうか。

【津賀】パナソニックのこれまでの事業構造は、家電事業による一本足打法だったといえますが、これからは住宅と自動車によるBtoB事業が重要な柱になっていきます。住宅と自動車へのフォーカスを明確にしたのは、お客様、パートナーとの長期的な関係が必要であり、長期的な投資が必要な領域だからです。

自動車は1度部品を納めると15年間は供給を続けなくてはならない。「やるのか」「やらないのか」という選択肢しかなく、中途半端はないわけです。ですからこの2つの柱に対して「やる」ということを明確に打ち出した。姿勢を明確にして以来、BtoB領域においてポテンシャルを持つ企業と、グローバル市場を捉えてお話をすることが増え、非常にポジティブな手応えを感じています。

――その打ち出しが強かったこともあり、パナソニックは、家電を今後縮小していくのか、場合によっては一部の事業をやめてしまうのではとの憶測もあります。
津賀社長は先日開催された「CEATEC2013」のパナソニックブースを訪れて、自社の「4Kタブレット」を手に取った。

【津賀】それはまったくありません。現在、家電事業は2兆円の規模があります。これは創業100周年を迎える2018年度も維持したいと考えている規模です。そして、自動車関連で2兆円、住宅関連で2兆円という規模を見込んでいる。ただし、家電の2兆円の中身はかなり変わっていくだろうと考えています。

我々にとって大切なのは、どの領域を伸ばすのかということを明確にすることです。4Kテレビも、4Kは画質がいいですよという提案ではなく、4Kとはどういう世界を実現するのかということを、商品や技術として見せていくことが必要だと考えています。売りを維持するために4Kテレビを出すということはしない。お客様が、本当にこれが欲しい、これを使って仕事や暮らしぶりが変わったと思ってもらえるものを作りたい。その成果のひとつが、CEATEC(最先端IT・エレクトロニクス総合展)でも展示した4Kタブレットということになります。

ただ、私は家電事業抜きに、住宅事業と自動車事業を考えていくことはできないと考えています。

――それはどうしてですか。
パナソニックが大々的に発表した「4Kテレビ」。同商品で、プラズマへの投資で失敗した過去からの復活なるか。

【津賀】自動車メーカーと話をしていても、家電のよさを自動車に取り込みたい、あるいは住宅関連では、家電のよさを住宅に取り込みたいという話が非常に多い。また、BtoCの商品でも、ネットでクラウドにつながったら、BtoB型の商品になりうるといったこともある。さらに、海外事業では、まだまだパナソニックのブランド価値が浸透していない地域もありますから、そこに対して、家電という切り口で入っていき、住宅へと事業を発展させることも考えられる。家電と、住宅および自動車が相乗効果を持ちながら、それぞれが2兆円ずつの事業規模を確立することが、理想の姿です。いわば「三本足打法」というわけです(笑)。ここに、バーチカルソリューション提案を加えていくことで、パナソニックの強みを打ち出していくことになります。

――バーチカルソリューションとは?

【津賀】地域特化や特定市場にフォーカスし、よりお客様に近いところで事業を行うのがバーチカルソリューションであり、規模は小さくても、着実に収益を確保できればいいと考えています。すでに具現化している例が、堅牢型ノートPCのタフブックです。タフブックは、ガス会社や警察、軍隊にフォーカスし、その分野に最適化した商品に仕上げた。一般的なハードメーカーは、そんな発想はしません。しかし、パナソニックでは、お客様にお役立ちするためにはどうしたらいいかということを考えた結果、タフブックが生まれ、お客様との間に信頼関係を築き、次の製品へと進化させています。バーチカルにフォーカスし、量販店で安く大量に販売しないと決めたBtoB型ビジネスの成功例です。

これまでの価値観はすべて捨てる

――13年3月28日に中期経営計画を発表してから半年が過ぎ、事業部制の復活にも踏み出しました。いま、社内にはどんな変化が起きていますか。

【津賀】15年度を最終年度とする中期経営計画「Cross-Value Innovation 2015(CV2015)」では、これまでの中期経営計画の策定方法を大きく変更しました。また、売上高の指標をなくし、利益目標、キャッシュフローの目標を掲げるなど、求める指標を大きく変えました。

一方、組織についても、昨年10月に本社部門を改革し、今年4月からはドメイン制を廃止し、事業部制をスタートするとともに、カンパニーという枠組みへと再編しました。また、49事業部のすべての数字を月次で明らかにしています。

これまではドメインという単位で数字を見ていたわけですが、このなかにはいい事業もあれば、悪い事業もある。それらをひっくるめて、ドメインという単位の“どんぶり”で数字を見ていたわけです。ドメインでは1兆円単位という「どんぶり」でしたが、事業部制に移行してからは、大きくても4000億円規模。その結果、いままでよりも早く課題が見え、改善に向けて早く取り組みはじめた。

この半年間は、この仕組みがうまく回り出すのかどうかを見極める期間だったともいえます。私は、今年4月から、事業部への直接訪問を開始しています。全49事業部のうち、25事業部を訪問しました。話をすると、この事業部は明るいな、あるいは暗いな、なにか課題があるなということを直接感じますね。

――社内にどんな課題を感じていますか。

【津賀】パナソニックにとって最大の課題は、赤字事業が残っているという点です。赤字事業は49事業部のうち8事業。なにが問題であるのかを明確にして、赤字解消に向けて取り組みはじめたところもあれば、残念ながら赤字脱却への道筋が見えない事業も2、3ある。

もうひとつの課題は、国内と海外との認識にまだ差があることです。パナソニックの将来の方向性を示したものの、日本の組織は動きだしたが、海外のある国においては、パナソニックがお客様にどう貢献できるのか、新たな方向性の上でどうブランドをプロモートできるのか、という議論が道半ばです。世界のそれぞれの市場において、パナソニックのあるべき姿を描いてもらわないといけないと感じています。

――今、社員に対しては、どんなことを話しているのですか。

【津賀】私の最大のメッセージは、49事業部はすべてが“対等”であるということです。これまでは松下電器産業があり、松下電工があり、三洋電機があり、パナホームがあるといったように、それぞれが異なる枠組みでスタートし、それをもとに「親子関係」がどうだ、といったことも言われていた。また、従来は陽の当たる事業部、陽の当たるドメインというところに重きが置かれていた傾向がありました。象徴的なものがデジタルテレビです。これからは決してそうではない。事業部のなかには、これらの企業体が混ざり合っており、そうした議論が出る余地がない。そして、事業部が対等に競い合い、Cross-Value Innovationとして連携し合う。そこで新たなモノを生みだしてほしいという期待を表明しています。

これまでのパナソニックには、「立派な会社」「よい会社」という意識が強すぎ、その結果、自ら殻に閉じこもる部分があったのではないか、という反省があります。例えば、事業ひとつをとっても、「これは自分たちがやる領域ではない」と勝手に考えていた部分がありました。かつて私がオートモーティブのビジネスを担当していたときには、カーナビやカーオーディオといった部分はパナソニックの領域だが、走行性や安全性に関わる部分には手を出してはいけないという不文律がありました。

しかし、これは失礼な話です。我々がお付き合いしている相手は自動車メーカーであり、自動車メーカーは、走行性や安全性というところでリスクを冒しているわけです。しかし、パートナーであるべき我々がリスクを冒さないのはどうか。自動車メーカーを相手に、我々は、リスクを取らずに、利益だけを取りにいくのか。それでは、自動車メーカーからソッポを向かれますよ。そこで、自動車に関わるもので、可能性があるのであれば、どんどんやっていこうと、大きく舵を切ったわけです。「いままでのパナソニックのマインドは捨てていい」「事業をやるのならば徹底的にやろう」というのが私の考え方です。私は、パナソニックのこれまでの価値観を、必ずしも良しとはしていません。とくにいまは改革の時期なので、そうした考え方が必要です。

――中期経営計画で、売上高の指標をなくしました。どんな反応がありましたか。

【津賀】売り上げは追わなくていいということは、販売サイドにおいて、大変な意識改革が求められます。しかし、一方で、売れないことの言い訳になりかねない危険性もある。「社長が売らなくていい、と言ったので、売らなかった」という人が出てくるかもしれない。それを言うのは勝手だが、言えばあなたの仕事がなくなるだけ(笑)。売り上げばかりを追って、収益が赤字になってはまったく意味がない。利益は社会貢献の尺度です。1度、身を縮めて、利益ができる形にして、もう1度、どう立て直すのか、どう伸ばすのかを考える時期がいまです。自ら変化を起こす絶好の時期。そこにおいて、従来の価値観で動く必要はありません。

パナソニック社長 津賀一宏
1956年、大阪府生まれ。府立茨木高校卒。79年大阪大学基礎工学部生物工学卒業後、松下電器産業(現パナソニック)入社。86年カリフォルニア大学サンタバーバラ校コンピュータサイエンス学科修士課程修了。2004年役員、08年常務役員、11年専務役員、12年4月代表取締役専務を経て、同年6月から現職。