慶應義塾大学内には、他大学からは決して窺い知れない“格差”がある。それは、大学入学に至るまで、どのような経路を辿ってきたかという格差だ。
比率的には、大学受験を経て入学した「外部生」が圧倒的に多いが、貴族的な小学校といわれる「幼稚舎」から、中学は男子校の「普通部」と共学の「中等部」、「SFC」がある。
高校は男子校である「慶應義塾高」、埼玉にある「志木高」、女子校である「慶應義塾女子」、共学である「SFC」、そして「NY高」と高校の内部生は5つに出自が分かれる。
女子高出身の仲良し三人組、沙羅、栞、早希子の通称「3S」がそれぞれ感じた“慶應内格差”をお送りする。
初回は沙羅が密かに想いを寄せた男は、どんなに背伸びしても所詮は外部生だったという話を紹介した。
透き通った肌に小柄な身長。運動とは無縁で特技はピアノ。守りたいという男の願望を形にしたような女、栞。
そんな栞を周りの男が放っておく訳もなく、昔から年上の先輩に誘われては、よく高級店へデートに行っていた。同級生には手の出ない高嶺の花はアナウンサー試験にもあっさり合格。社会人になってからは、連日連夜「お食事会」に繰り出していた。
栞:ー来週木曜空いてる?外銀の小原さんが『かどわき』に連れてってくれるって♪ー
沙羅:ー行くー!トリュフ食べたい!参加!ー
彼のようなSクラス男子とのお食事会では早希子と沙羅がオマケだって分かってる。でも3人分を払わせるくらいの価値が私にはあるでしょ?
ヴァレクストラの財布、バレンティノのバック、プラダの靴…。栞の身に着けるものは、そういった「お友達」からの贈り物がほとんどだ。
そんな栞ももう27歳。花よ蝶よとおだてられる時間も残りわずかと、賢い彼女は分かっている。
これまで色んな職業の男と付き合った。開業医やミュージシャン、広告代理店営業マン。どれも長くは続かず、全て栞から別れた。
最後の彼は、プロ野球選手。
稼ぎはいいし、野球に直向きな姿は尊敬できる。だけど、会話に知性が感じられないし、浮気の心配もある。結婚は絶対無理!3Sはおろか、両親にも決して会わせられない...。
もう遊びは終わりにしないと。経済力。知性。家柄。とにかく遺伝子が良さそうな人。
栞の頭に、ある1人が浮かんだ。
「…圭一郎!」
すぐさま3SにLINEをなげる。
ー私、やっぱり圭一郎がいい。ー
すると沙羅。
ー確かに。結婚相手としては大あり!ー
栞にとって唯一無二の男、圭一郎との運命はいかに…?!
圭一郎は慶應の同級生。高校時代に麻布十番祭りで早希子に紹介され知り合った。
幼稚舎生。
16年間を慶應で過ごす、まさしく純粋培養。二物も三物も与えられた真の慶應生たち。何でもある環境に育ったからこそ、彼等はすごく純粋だ。人を羨むことも妬むこともない。
実家は9割方港区もしくは世田谷区。高級車を数台所有し、デートやゴルフ、場面によって乗る車をチェンジ。頻出スポットは、けやき坂スタバ。車をヒルズの駐車場に停め、ラフな服装で登場。24時、アバクロの似合う男性を見つけたら要注意。
あくまで家業があるので、仕事はノリ。とりあえず毎日が楽しければ。女性には一銭も出させない、それが彼らのモットー。
圭一郎もまた幼稚舎生らしい屈託のないまっすぐな性格の持ち主。栞は自分にはないものを感じ、学生時代にずっと片思いしていた。
栞から告白もしたが、まさか、と本気にしてくれなかった。
フラれたのは人生で一度きり。圭一郎だけだ。卒業と同時に連絡もしなくなり、いまはSNSで投稿を見るのみ。
プロ野球選手の彼とは別れたが、変わらず目の前のめぼしい相手とのお食事会に行く毎日を送っていた。今日の相手は弁護士。優良物件だが、独特の上から目線がちょっと...。
「明日、仕事早いからそろそろ帰ろうかな」
常套句で早めに切り上げようとした時だった。
あれ、この声もしかして...
後ろを振り向くと、圭一郎がスーツ姿の数人と食事をしていた。
この再会はきっと運命だ。
高まる気持ちを落ち着かせ、ゆっくりとした動作で、テーブルに向かう。
「圭ちゃん、久しぶり。」
圭一郎の座っているテーブルがざわつく。それもそう。女子アナにとって可愛い顔を作ることなんて朝飯前だから。
スイッチの入った栞の仕事は早い。早速デートの約束を取り付け、麻布十番の『中目黒いぐち』へ。焼き鳥屋とは思えないスタイリッシュな雰囲気は栞のお気に入りでもあった。
数年ぶりの再会とあって、話は尽きない。学生時代の思い出話や共通の友人の話、またそれぞれの仕事の話も新鮮だった。
「あれからも圭ちゃんのこと、ずっと好きだったんだよ。」
3回目のデートで、攻める栞。
2人は付き合い始めた。
その後は順風満帆。仕事で遅い時は、親のセカンドカーであるBMWで迎えに来てくれる。休みも不定期の栞に合わせてくれる。お姫様の様に扱ってくれる彼に、栞も人が変わったように落ち着いていた。
半年ほど過ぎた時、圭一郎から両親との食事に誘われた。
栞:ーついに来た!!!両親面談ー
早希子:ー大丈夫、栞なら。面接なんてお手の物でしょ?ー
栞は婚活に終止符を打てるのか?両親の反応はいかに…。
お店はパレスホテルの『CROWN』。彼が選んでくれたお店だった。
モノトーンのワンピースに低めのヒール。ブランド品も身に着けなかった。好感度が商売道具。栞には自信があった。
ヒールのカツンカツンという音と、ほんのり香るシャネル5番の香りとともにそれらしき夫婦が現れる。
「圭ちゃん、遅れてごめんね~」
白いツイードのスーツ、エルメスのスカーフを巻いた黒のバーキン。55歳とは思えない美しさ。輝く肌に、くるんと上がったまつげ、丁寧に手入れがされたネイル。まさに美魔女!
お父様はダブルの紺のスーツ。栞は親友の幼稚舎生、早希子の親を思い出す。いつ行っても高級なお菓子が出てくるあの松濤の家…。同じ匂いだ!
「こんばんは、栞さん。圭一郎からよく聞いています。」
緊張で栞は、笑顔で頷くことしか出来なかった。まあ、座って、という圭一郎に似た穏やかな父親の誘導の元、席に着く。
「それで、栞さんはどこから慶應なの?」
圭一郎の父方は代々続く海運業。母方は田園調布の地主。紹介で結婚したというご両親は2人とも幼稚舎出身で生粋の慶應一家だった。
彼等にとって、慶應生なのは至極当然。「どこから慶應」なのかがキモなのだ。
「中等部からです。」
「小学校は?」
「地元の公立にいきました。」
「あら…。」
そう言い、運ばれて来たシャンパンを飲む。お母様の反応に、栞はこの面接に落ちた、と確信した。
◆
食事会が終わったあと、圭一郎は母からこう言われた。
「圭ちゃんにはやっぱり早希子ちゃんみたいな同級生の子がぴったりよね。常に三歩後ろをついてくるような、お淑やかな女の子を探してもらわなくちゃ。」
◆
レストランや人脈、社会人になってからというもの、常に3Sの中でも自分がリードしているという自負のあった栞。人気アナウンサーになり欲しいものは全て得てきた…
唯一、幼稚舎出身という経歴以外は。
初めての感覚だった。
何でも共有される3SのLINE。でもこの気持ちだけは自分の胸に閉まった。幼稚舎と中等部、同じ内部生でもそこには決して超えることのできない高い壁がある。
早希子にあって私にないもの…。
栞は見事に玉砕した。